上野城址について

石碑

石碑

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下方貞清の父である貞経が永正年間に築いた城が「上野城」です。東西60間(約108㍍)南北72間(約130㍍)の広さがある城で、二重の堀に囲まれていました。城の位置は、現在の上野小学校を含む東側一帯とされています。現在は石碑が二つ(明治40年製と、昭和3年5月の名古屋市製)、当寺にあるだけで、近隣を含めて何も遺構は残っていません。

石碑

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※一説に、天文元年(1532)に築城したとされるが、貞清が大永7年(1527)に上野城で誕生していることから、永正年間築城説を採用しました。